就職氷河期、インターネットの台頭、働き方改革、コロナ禍、そして近年のAI革命——。 社会に出てから今日に至るまで、時代の節目ごとに「これまでの正解」を容赦なく書き換えられ、そのたびに新しいルールへの適応を求められてきた世代があります。
特にミドルエイジ(40代前後)と呼ばれる人々は、現場で培ってきた経験や価値観のハシゴを何度も外され、ロールモデル(手本)のない時代の狭間を懸命に泳ぎ続けてきました。
「新しい技術や価値観についていかなければ、置いていかれる」 「時代の変化にうまく適応しなければならない」
そうやって眉間にシワを寄せ、スマホやPCの画面を注視しながら時代の変化に追いつこうとしているとき、私たちの心と身体には、目に見えない深刻な問題が起きています。
それは、「社会の変化に適応しようとするあまり、『いまの自分はどういう状態なのか』という身体の声が完全に置き去りになっている」ということです。
適応の焦りが引き起こす「心と身体の乖離」
東洋医学では、心(意識)と身体(生身の肉体)は本来、密接につながり合って巡るものだと考えます。
しかし、「適応しなければ」「置いていかれないようにしなければ」と頭ばかりを猛スピードで回転させているとき、私たちの意識はすべて「外側の変化」や「まだ見ぬ未来」へと向かって飛んでいってしまいます。
その結果、意識と肉体のつながりがプツリと切れ、心と身体がどんどん乖離(かいり)していく現象が起こります。
喉がカラカラに乾いているのに気づかない。 肩や首の筋肉が鉄板のようにカチコチに強張っているのにも気づかない。 お腹や足元がスカスカに冷え切っているのに、頭だけが血の昇ったオーバーヒート状態(上実下虚)で走り続けている。
「時代のルール」に適応できたとしても、その代償として「生身の自分の状態」を見失ってしまっては、自律神経は常に悲鳴を上げ続け、いずれ心身のバッテリーは底をついてしまいます。
時代のルールが変わっても、身体のルールは変わらない
社会のトレンドやビジネスの正解は、これからも時代の波とともにコロコロと移り変わっていくでしょう。何が100点満点なのか、誰も教えてはくれません。
けれど、どれほどテクノロジーが進化し、外側のゲームのルールが書き換えられようとも、私たち人間の生身の身体のルールは、何ひとつとして変わっていません。
息を吐けば横隔膜が緩み、温めれば血が巡り、休めば細胞が修復される。 何百年、何千年と受け継がれてきたこの身体の生理とぬくもりは、どんな時代であっても変わらない不変の「正解」です。
外側の激しい変化に無理についていこうと焦るのを、今夜は一度、やめてみませんか。 世間のゲームからそっと降りて、他人の決めたルールではなく、「いま、ここにある自分の状態」に意識の主導権を取り戻してあげるのです。
画面を閉じ、「いま、ここ」の体温に戻る
「変化に適応できない自分」を責める必要なんて、どこにもありません。 変化の激しい時代だからこそ、意識を外側ではなく、自分の内側の感性へと降ろしてあげる時間が必要です。
スマホの画面を伏せ、パソコンの電源をパタンと切る。 そして、冷え切った自分の足先や足首を、自分の手のひらでそっと包み込んであげる。 そこに、小さなお灸の火をポッと灯す。
「いま、自分はどんな呼吸をしているだろうか」 「いま、足元はどれくらい冷えているだろうか」
じわーっと伝わるお灸の温もりに集中していると、頭に昇っていた冷たい焦り(のぼせ)が足元へと解け落ち、離れ離れになっていた心と身体が、静かにひとつに結び直されていくのを感じるはずです。
無理に適応しなくていい。まずは、「いま、ここにいる自分」を優しく抱きしめること。 今夜は外側のルールをすべて手放して、愛おしい自分の体にそっと帰っていきませんか。
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🕯️ 日々を養生する
色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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