「年収」「年齢」「身長」「写真の見た目」——。
スマホの画面を指先でスワイプしながら、相手の条件を並べ立て、選別する。あるいは逆に、自分自身がひとつの「スペック(データ)」として品定めされる。
近年、マッチングアプリの普及や「婚活市場」という言葉の定着とともに、人間関係を効率的なデータとして処理する仕草が当たり前のものになりました。
出会いの初期段階において、データをひとつのフィルターとして活用する合理性自体は理解できます。膨大な人波の中からきっかけを掴むためには、必要なプロセスであることも事実でしょう。
しかし、その「条件の網の目」に浸かり続けることで、激しい疲弊と頭の強張り(のぼせ)を感じている人が今、とても増えています。
データには決して映らない「共に暮らす手当て」
当たり前のことですが、二人の人間が共に時間を過ごし、生活を築いていく上で本当に大切なものは、プロフィール画面のデータには一切映りません。
ふとした瞬間の声のトーン、お茶を飲むときの佇まい、沈黙が訪れたときの空気感、そして一緒にいて自分の呼吸が深くなるかどうか——。
そうした「データ外の生の触感(正気)」こそが、二人の生活を根底から支えるぬくもりです。
それにもかかわらず、画面の上で「もっといい条件があるかもしれない」「自分はデータとして選ばれるだろうか」と品定めと比較を繰り返しているとき、私たちの脳は絶え間ない警戒モード(過覚醒)に晒されています。
他人のスペックを検品し、同時に自分も検品される。その過剰な緊張は、東洋医学でいう「上実下虚(じょうじつかきょ)」を引き起こします。気や血がすべて頭に上り詰め、思考が空回りする一方で、本来温まるべき足元やお腹は冷え切ってしまうのです。
疲れたのなら、その「レース」から降りていい
もし、データで扱われ、データを追うプロセスに心がすり減り、自律神経が悲鳴を上げているのなら。
「その効率のレースから、一度そっと降りる」という選択をしていいのです。
「ここで頑張らなければ出会えない」と自分を追い詰める必要はありません。人間を数値や記号で扱うゲームから身を引き、自分の五感が素直に「心地よい」と感じる場所、自然な体温の通う場へ足を運んでみる。
もちろん、自宅に閉じこもっているだけで都合よく運命がやってくるわけではありません。けれど、無機質なデータの市場で自分を切り売りするのをやめ、生身の自分が生き生きと過ごせる空気の中へ出かけていくこと。それこそが、心身の乖離を防ぐ本当の歩み寄りです。
画面のデータから抜け出し、自分の足元を温める
今夜は、条件とスペックがひしめくスマホの画面をパタンと伏せてみましょう。
「選ぶ/選ばれる」という品定めの世界から距離を置き、ただの生身の自分に戻ってくる時間を作ること。
冷え切った自分の足先を手でそっと包み込んであげる。 そこに、小さなお灸の火をポッと灯す。
データの網の目から解き放たれ、じんわりとした温もりが足元から広がっていくのを感じるとき、頭に昇っていた冷たい計算(ノイズ)は静かに静まり、自分の内側にある本来の感覚(正気)が息を吹き返します。
スペックで自分を飾る必要も、他人を判定する必要もありません。 今夜はただ、自分自身のぬくもりを静かに味わってあげませんか。
🍵 合わせて読みたい思索の跡


🕯️ 日々を養生する
色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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