「収入が不安だから」 「失敗して傷つきたくないから」
連日、スマホの画面から流れてくるのは、私たちの将来や老後の不安を激しく煽るニュースの数々です。 そうした情報に触れるたび、若者に限らず多くの人が「どう生きれば損をしないか」「どうやって失敗を避けるか」と、まだ見ぬ未来の計算ばかりを重ねるようになっています。
しかし、臨床の現場で長く人の身体を観察してきた立場から見ると、未来のリスクを計算することに必死になるあまり、「いま、まさにこの瞬間」の自分の身体や暮らしと向き合うことを完全に忘れてしまっている人が、あまりにも増えていると感じます。
未来のシミュレーションが、足元を冷やす
まだ起きてもいない先の不安を頭の中で何度もシミュレーションしているとき、私たちの脳は強い過覚醒(オーバーヒート)状態に陥っています。
東洋医学では、このように頭ばかりが空回りして休まらない状態を「上実下虚(じょうじつかきょ)」と呼びます。
「失敗しないための完璧な防衛」を考えているつもりでも、気や血がすべて頭部に上り詰める一方で、肝心の足元やお腹はスカスカに冷え切ってしまう。 自律神経は常に「未来の敵」に備えて警戒アラーム(交感神経の緊張)を鳴らし続け、胸や肩の筋肉を強張らせて防衛のバリアを張り巡らせます。
不安を煽るニュースにハックされ、未来の損得ばかりを計算していると、私たちは「いま、ここ」にある息の深さや、足元の冷えにすら気づけなくなってしまうのです。
「自分のためだけ」の計算には、限界がある
「自分の成果のため」「自分の安全のため」と、自分のためだけに完璧を求めようとすると、脳内には常に自分を監視し、採点する「厳しい検品者」が居座り続けます。
「もっと頑張らなきゃ」「失敗したらすべて台無しだ」と自分を追い詰め、損得勘定で身を守ろうとすればするほど、自律神経は休まる暇がありません。
そんな過緊張の時代において、ひとつの大きな示唆となるのが「人は自分のためだけに頑張れるのには限界がある。誰かや家族のために頑張ろうと思えたとき、はじめて本当の底力が湧いてくる」という視点です。
「誰かを温めたい」「大切な人を支えたい」あるいは「社会の巡りのために自分ができる小さな手助けをしたい」という想い(東洋医学でいう正気・血の通ったぬくもり)が芽生えたとき、私たちは不思議と、自分を守るための重たい計算やプライド、未来への恐怖をすーっと手放すことができます。
「誰かのため」に差し出した手や優しさは、巡り巡って、自分自身ののぼせ上がった頭を静かに冷まし、冷え切った自律神経を一番底から救い出してくれるのです。
画面を閉じ、「いま、ここ」のぬくもりに戻る
未来の不安を煽るニュースを、今夜はそっとパタンと閉じてみませんか。
画面の向こうにある見えない未来に怯えるのをやめ、「いま、この瞬間」の自分の身体に意識を戻してあげること。
温かいお茶を丁寧に淹れ、その湯気を深く吸い込む。 冷え切った自分の足先や足首を、自分の手のひらでそっと包み込んであげる。 そこに、小さなお灸の火をポッと灯す。
「誰かのために生きること」も、「社会のために貢献すること」も、大げさな大事業である必要はありません。 まずは自分の身体を温め、満たされた温もりを周りの大切な人へ、そして社会へと静かに巡らせていくこと。
未来の計算を手放し、いま手元にある生身の体温に戻る夜を過ごしてみませんか。
🍵 合わせて読みたい思索の跡


🕯️ 日々を養生する
色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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