ニュースのタイムラインを眺めていて、ふと目が止まった言葉がありました。
「相手の話を聞く最初の2分間は、口を挟まない。アドバイスも要約もしない」
延べ5万人以上の患者さんを診てきた精神科医のさわ先生が、診察で最も大切にしている姿勢についての記事でした。
話の途中で「つまり、こういうことだよね」とまとめたり、「だったら、こうしたらいいよ」と答えを出したくなる気持ちを、そっと手放す。
相手をコントロールしたり、正しい方向へ変えようとしたりせず、「そのままのあなたで大丈夫」という余白を持って向き合う。
この記事を読みながら、私は臨床の現場で患者さんの身体に触れる瞬間、そして何より「自分自身の不調に向き合うときの姿勢」とまったく同じだなと、深く深くうなずいていました。
私たちはすぐ「検品とアドバイス」をしてしまう
誰かから悩みを打ち明けられたとき、私たちは「聞いているつもり」になりながら、頭の中では次に何を言おうか、どうやって解決してあげようかを忙しく計算しています。
「こうすれば解決するよ」という親切心からのアドバイス。 けれど、悩んでいる相手が本当に求めているのは、正しい解決策(検品)ではないことがほとんどです。
「この人の前では、無理にちゃんとしなくていいんだ」 「話したくないことは、話さなくてもいいんだ」
そう思える安心感の中に身を置いたとき、人は初めて、カチコチに強張っていた胸の奥の澱みを解くことができます。
そしてこれは、他者との人間関係だけに留まりません。 私たちは、自分自身の「身体」に対しても、全く同じように焦って口を挟み、変えようと攻撃してしまっているのです。
身体も「変えよう」とされると強張る
「なんだか頭が重い」「胃がモヤモヤする」「腰が痛い」
身体にそんな不調(便り)が表れたとき、私たちはすぐさま「どうにかしてこの痛みを消し去らねば」「どのツボを押せば一瞬で直るのか」と、力づくで身体をコントロールしようと試みます。
「もっとちゃんとしなきゃ」「早く元通りにならなきゃ」
自分自身にそう要求し続けているとき、身体の自律神経は「自分の状態を否定された」と感じ、身構えて緊張を高めてしまいます。まさに交感神経が戦闘モードにハックされた状態です。
身体が発している痛みや重さは、過去の疲れや不摂生、あるいは心の無理をかばうために、身体が懸命にバランスを取ろうとしてくれた結果です。
それを「悪いもの」「邪魔なもの」として速攻で変えようとするのは、泣いている子供の口を無理やり塞いで黙らせるようなものなのかもしれません。
最初の2分間、何も言わずにただ「手当て」をする
もし今夜、あなたの身体に理由のないだるさや強張りが残っているのなら。 すぐに直そうと焦るのを、一度だけお休みしてみませんか。
言葉やアドバイスで身体を正そうとするのをやめて、「最初の2分間」だけ、ただ静かに自分の身体に手を添えてみるのです。
冷え切ったお腹や、重たい足首、張っている首筋にそっと手のひらを当てる。 「ここが辛かったんだね」「うまく話せなくても、そのままでいいよ」と、手のひらの温もり越しに身体の声をただ受け止める。
そして、足裏の「湧泉(ゆうせん)」や内くるぶしの後ろの「太渓(たいけい)」に、小さなちいさなお灸の火を灯します。
変えようとしない。急がせない。 ただ、台座の上でゆらぐ火と、足元へじんわりと降りていく熱の感触に、2分間だけ静かに意識を委ねてみる。
「そのままのあなたで大丈夫」という余白を自分自身に与えたとき、身体は自ら緊張の緊張の糸を解き、深い安心感(副交感神経の働き)を取り戻し始めます。
言いたくなった言葉を、少しだけ「言わない」こと
相手に対しても、自分自身の身体に対しても。 人間関係やセルフケアを本当に温かいものに変えるのは、気の利いたアドバイスを「言う」ことではなく、言いたくなったアドバイスを、ほんの少しだけ「言わない」ことなのかもしれません。
今夜は身体を評価・採点するのをやめて。 ただ静かに手を添え、お灸のぬくもりに身を任せる2分間から、穏やかな夜を始めてみませんか。
🍵 合わせて読みたい思索の跡


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色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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