🕯️「気のせい」なゆらぎを、お灸でそっと整えて。

数値や画像には映らない、でも確かにそこにある「気のせい」な揺らぎ。
東洋医学という、少し不思議でやさしいレンズを覗きながら、日々の澱(おり)をほどき、心を満たして歩んでいくための静かな備忘録です。

自分だけのツボ探しのルールを見る ➔
PR

【絶好調の落とし穴とお灸】「最近調子がいいから」の油断。なぜ養生をサボったツケは数ヶ月後にやってくるのか

日常の澱を解く
記事内に広告が含まれています。

仕事の成果も順調で、身体の重さも感じない。 「最近、なんだかすごく調子がいいな」

そんな充実した日々の真っただ中にいるとき、私たちは無意識のうちにある「油断」の罠に落ちていきます。

それまで丁寧に続けていた夜のお風呂や足元のお灸、規則正しい睡眠といった「自分を整えるための養生」を、少しずつ引き算し始めてしまうのです。

熱量が10から8へ、そして6へ。 「少し夜更かしをしても、今日はお灸をサボっても、何の問題もないじゃないか」

そう高を括り、手を抜き始める。それでも明日いきなり倒れるわけではありません。 そして私たちは「なんだ、サボっても平気なんだ」とまんまと錯覚にハマっていくのです。

臨床の現場で20年、人の身体を診続けてきて痛感するのは、「不摂生と体調不良のあいだには、必ずタイムラグ(時間差)が存在する」という冷徹な事実です。


スポンサーリンク

なぜサボっても、すぐには倒れないのか?

絶好調のときに養生をサボっても、すぐに身体が悲鳴を上げない理由はとてもシンプルです。

それは、「過去の自分がコツコツと蓄えてくれた健康の貯金(正気)」が、しばらくの間、今のあなたを食わせて(支えて)くれているからです。

東洋医学では、身体を病気や不調から守る根本的なエネルギーを「正気(せいき)」と呼びます。

あなたが調子の良いとき、内側にはこの正気が満ち満ちています。 だからこそ、今日少し暴飲暴食をしたり、夜遅くまで画面を眺めて自律神経を疲弊させたりしても、蓄えられた正気がバリアとなってダメージを相殺してくれる。表面上は何事もなく過ごせてしまうのです。

努力と成果、不摂生と不調。 そのあいだに横たわる「タイムラグ」が、私たちの感覚を静かに麻痺させていきます。


数ヶ月後にやってくる「理由なき不調」の正体

しかし、過去の貯金は無限ではありません。

養生の手を抜き、正気を一方的に切り崩し続けていけば、いつしか残高はゼロになります。 そしてある朝、唐突に「体が鉛のように重い」「布団から起き上がれない」「理由のない不安で胸が苦しい」といった強い自律神経の不調に襲われるのです。

そのとき、多くの人はこう首をひねります。 「昨日、何か変なものを食べたっけ?」 「急に寒くなったから体調を崩したのかな?」

直前の環境や出来事に原因を探そうとしますが、本当の原因はそこにはありません。

本当の犯人は、数ヶ月前の絶好調だった時期に「もう大丈夫」と慢心し、静かに正気の貯金を食いつぶし始めた、あの日の自分なのです。

土の下で目に見えないまま育っていた不調の芽。 これこそが、東洋医学でいう「未病(みびょう)」の正体です。


「今が最高」を更新し続ける人の、静かな自律

古今東西、歴史を見ても、順調な時代が永遠に続くことはありません。 個人単位のバイオリズムであればなおさらです。

では、「毎年、今が一番最高だ」と言える人と、絶好調のあとにガクンと体調を崩して長期間落ち込んでしまう人の違いはどこにあるのでしょうか。

それは、「絶好調のときこそ、自分を律して内側の庭を耕し続けられるか」という一点に尽きます。

家でも車でも、ボロボロに壊れてから慌てて大工事(修繕)をするのは、莫大なエネルギーとコストがかかります。 けれど、何の問題もなく快適に動いているときに、静かにオイルを差し、埃を払っておく(調律)のは、驚くほど省エネで美しい作業です。

「もう大丈夫」と思ったときこそ、プロの庭師のように静かに土の下を温め続ける。 この日々の小さな自律の積み重ねこそが、結果として「最高の状態がずっと続いている」という未来を連れてきてくれるのです。


それでも無茶をしてしまうのが、愛おしい人間だから

……と、ここまで偉そうに語ってきましたが、私自身、絶好調の波に乗っているときほど調子に乗って夜更かしをしてしまったり、養生をサボって後から反省したりを、これまで何度も何度も繰り返してきました。

絶好調のときに「自分は無敵だ」と羽を伸ばしすぎてしまうのは、人間だから仕方がないことでもあります。

失敗して、痛い目を見て、そこから学び、それでもまた調子が良くなると同じ失敗を繰り返してしまう。

人間とは、どこまでいっても完璧にはなれない、愚かで愛おしい生き物なのです。

だから、「絶好調のときに油断してしまった自分」をどうか責めないでください。

不摂生のツケが回ってきて体調を崩したとき、「ああ、またやってしまったな」と苦笑いしながら、自分の愚かさを静かに受け入れる。 その失敗の経験すらも「自分の身体の取説」を更新するための大切な学びとして、また今日から一つずつやり直せばいいのです。


絶好調の夜こそ、足元にお灸を据える

うまくいっているときほど、私たちの気(エネルギー)は頭に上り、知らず知らずのうちに浮足立ちやすくなります(東洋医学でいう上実下虚の状態です)。

だからこそ、「今日が最高に充実していた」と感じる夜ほど、スマホをそっと裏返して、自分の足元に気を降ろしてあげてください。

「気のせい」なゆらぎを、お灸でそっと整えて。
単なる温熱グッズで終わらせない、せんねん灸の本当の力。臨床20年の鍼灸師が、せんねん灸(太陽・竹生島)の使い方や、図解に縛られないツボ探しのコツを解説。日々の強張りをふわりとほどく静かなひとときを。

それは、今日一日がんばった自分への報いであると同時に、未来の自分へ「正気の貯金」を渡すための、静かで美しい夜の儀式です。

調子に乗ってしまうのも人間。 失敗から学んで、また静かに足元を温め直すのも人間。

今夜は画面を閉じて、愛おしい自分のために、小さな火を灯してみませんか。


🍵 合わせて読みたい思索の跡

【インフル流行】「内傷なければ外邪入らず」。1.6倍の数字に、心までカチコチに強張る前に。
インフル前週比1.6倍のニュースに焦る現代人へ、臨床20年の鍼灸師が語る東洋医学の生存戦略。「内傷なければ外邪入らず」の知恵を紐解き、過剰な消毒よりも「かかった時は不摂生を反省し、深く眠る」という、主導権を自分に取り戻す極上の養生論です。
検品を終えて、庭師になる。笑って幕を引くための、土の下の温め方。
西洋医学は「検品」、東洋医学は「庭師。臨床20年の鍼灸師が語る、最後を笑って死ぬための生活の養生論です 。他人の数値に惑わされず、土の下の「根っこ(生命力)」に耳を傾けること。強張りをふわりとほどき、自分をいつくしむためのお灸の温もりをそっと置いておきます。
とふ

臨床20年。鍼灸師の目線で、世の中をふんわりと眺めています。
日常のあれこれも、結局は「全部、気のせい(気の状態)」。 そんな風に感じたこと、見つけたことを、気ままに書き留めておく備忘録です。

とふをフォローする
日常の澱を解く
スポンサーリンク
シェアする
とふをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました