【引用・トピックス】
「自分は幼い頃から、『これ流行ってるよね』という言葉に対して『ほんとかな』と疑う癖があり、一歩引いてしまいます。ネットをサーッと見ることで流行っている情報は得られるので会話に困ることはないのですが、自分は薄い生活だなとも思うんです。親父(豊田章男氏)は各業界の錚々たる方々と会う中で、流行はどれぐらい重要な情報なのでしょうか。」 (出典:Yahoo!ニュース / ダイヤモンド・オンライン『流行は追うのは「薄い」?→70歳・豊田章男の答えが納得しかなかった』)
SNSのタイムラインやネットニュースをなんとなく追いかけ、今世間で何がバズっているのか、どんな言葉やエンタメが流行しているのかを「サーッと」チェックしておく。
会話のネタには困らないし、周囲から取り残されることもない。けれど、一日の終わりにふと振り返ったとき、胸の奥に残っているのは言葉にできない「浅さ」や「空虚感」だけ……。
この記事で寄せられていた若い読者の「自分の生活が薄い気がする」という素直な吐露を目にしたとき、私の胸の中には「ああ、これは今の現代人が共通して抱え込んでいる、深くて静かな『日常の澱(おり)』だな」という感覚が静かに広がり込んでいきました。
「置いていかれる恐怖」と「何も残らない不毛さ」の狭間で
私たちはいつの間にか、「世間のトレンドを知らないこと=時代に遅れていること」という無言のプレッシャーに晒されて生きています。
SNSを開けば毎日のように新しいトレンドワードが踊り、ショート動画やニュースサイトには次々と新しい話題が流れてくる。
置いていかれないためにスマホをスクロールし、効率よく「トレンドの要約」を脳に流し込む。けれど、そうやって効率よく仕入れた情報で会話を合わせたところで、自分の内側に何かが積み上がったような実感(手触り)はひとつも残らない。
「会話を合わせるために情報を消費し、その情報に追われることで一日が終わっていく」
臨床の現場で、日々多くの患者さんの身体と向き合って20年。
理由のない焦りや不安、強い疲労感を抱えて来院される患者さんの身体を撫でていると、まさにこの「情報の波にハックされ、自分の生活の密度が失われていく感覚」が、首筋や頭部の激しい強張りとなって表れているのを感じます。
「生活が薄い」の正体——頭ばかりが熱を帯びる「上実下虚」
東洋医学の目線から見ると、この「生活が薄い」と感じる状態の正体は、実に明快です。
それは、「気の巡りがすべて頭部に集中し、身体(足元・手元)の実体感が置き去りになっている状態」です。
ネットでサーッと情報を検索し、視覚と聴覚だけで流行を追いかけているとき、私たちの脳(交感神経)は常にパタパタと小刻みに動き続けています。
東洋医学では、このように頭ばかりを使って気を消費し、足元やお腹がひんやりと冷えて存在感を失っている状態を「上実下虚(じょうじつかきょ)」と呼びます。
地に足がついていないため、どれだけ知識やトレンドを頭に詰め込んでも、それは「根っこ(土台)のない切り花」のようなもの。だからこそ、どれだけ情報を集めても自分の身体から「生きている手触り」が立ち上ってこず、どこか虚しく、生活が「薄い」と感じてしまうのです。
豊田章男氏の「軸」と、私たちの根本的な違い
このニュースの中で、トヨタ自動車会長の豊田章男氏はご自身を「流行部の部長」と称するほど軽やかにトレンドを観察し、楽しんでいる様子が描かれていました。
なぜ、ある人は流行を軽やかに乗りこなし、ある人は流行に追われて生活が「薄く」なってしまうのでしょうか。
その決定的な違いは、「自分の足元に、どっしりとした『軸(手触り)』があるかどうか」です。
豊田氏のように、長年のモノづくりや現場で培った「自分の土台(正気)」が足元にどっしり根付いている人は、流行という外側の波を「へえ、今は世の中こんな風に風が吹いているんだな」と、客観的な参考資料として軽やかに楽しむことができます。
しかし、自分自身の身体の感覚や暮らしの手触りが曖昧なまま、外側の波(トレンド)ばかりを追いかけてしまうと、波を観察するどころか、波に飲み込まれて自分自身を見失ってしまうのです。
スマホをパタンと閉じ、自分の「手触り」を取り戻す
もし今、あなたがネットで流行を追いかける毎日に少し疲れ、「なんだか自分の人生が薄っぺらく感じる」とモヤモヤしているなら。
どうか一度、そのスマホを裏返して、深い息を吐き出してみてください。
世間のトレンドをひとつ知らなかったところで、あなたの人生の価値は何ひとつ損なわれません。 むしろ今、あなたに必要なのは、他人が作った「流行という薄い言葉」を脳に流し込むことではなく、自分自身の身体と暮らしの「濃い手触り」を取り戻すことです。
お気に入りの湯呑みでお茶を淹れ、その温もりを両手でじっくりと感じてみる。
自分の足の裏(湧泉)を手で優しく撫でて、足先がひんやりと冷えていないか確かめてみる。
そこに小さなお守りの火(お灸)を据えて、頭に昇り切った熱を静かに足元へと引き降ろしてあげる。
自分の手で自分の身体を慈しみ、温もりや匂い、呼吸の深さを味わうこと。
その「手触りのある時間」の積み重ねこそが、他人の作った流行に揺らがない、あなただけのどっしりとした「濃い人生」を耕してくれるのです。
💡 情報過多や過覚醒で夜眠れないあなたへ
頭に熱が上り詰め、布団に入ってもネットのノイズが離れない夜は、頭の熱を静かに足元へ逃がすこちらの養生も試してみてください。

💡 世間の同調圧力や「空気」に息苦しさを感じるあなたへ
他人の目や社会のルールに縛られ、自分の軸を見失いそうになった時の思索です。






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