世の中には、驚くような行動力で世界の扉を叩く人がいます。
無職と失恋の失意の中にいたある青年が、「人生の意味とは何か?」という問いの答えを求め、世界中の著名人や探検家、学者、あるいは囚人に至るまで、1000通以上の手紙を送ったというニュースを目にしました。
返ってきたのは、あまりにも対照的な言葉たちだったといいます。
「人生の意味とは、朝日を見ながら紅茶を飲むこと」と答えた心理療法士が言れば、「最も幸福を感じるのは、常に何かを目指して努力しているときだ」と語る自転車世界一周の記録保持者もいる。
青年は最初、そのあまりの落差に戸惑いながらも、やがて大切な真実に思い至ります。
「たった一つの正しい答えなんて存在しない。100人いれば、100通りの異なる解があることこそが素晴らしいのだ」と。
この記事を読みながら、私は日頃、治療室で多くの患者さんの身体に向き合っているときの感覚と重ね合わせていました。
誰かの「正解」を、自分の身体にハックしない
現代の私たちは、何か壁にぶつかったとき、あるいは心身が重たくなったとき、すぐさまスマホを開いて「たった一つの正解(マニュアル)」を探そうとしてしまいます。
「どう生きれば失敗しないのか」 「どの健康法をやれば100点満点なのか」 「どのツボを押せば一発で治るのか」
ネットの検索窓にキーワードを打ち込み、誰かの成功体験や可視化されたデータ(正解)を自分の暮らしに無理やり当てはめようとする。
けれど、100人いれば、100通りの体質があり、呼吸の深さがあり、その日の心のゆらぎがあります。
誰かにとっての「100点の正解」が、今のあなたにとっても正解であるとは限りません。外側のマニュアルで自分の身体をコントロール(検品)しようとすればするほど、身体は「今の私を否定された」と感じ、自律神経をキュッと緊張させて身構えてしまうのです。
「ただ息を吐く」ことの愛おしさ
「常に目標に向かって前進し続けること」だけが、人生の正解ではありません。
何かの役に立つわけでもなく、誰かに評価されるわけでもない。 ただ温かいお茶を淹れ、湯気を眺めながら、深く、深く息を吐き出す。
「ふぅーっ」と胸の奥に溜まっていた熱を吐き出し、ただその一息のぬくもりを味わう。
その「ただ息を吐く」という何気ない時間の中にこそ、生身の人間として生きていることの愛おしさや、深い安らぎが宿っているのではないでしょうか。
成果を出すことや、効率よく生きること(上実下虚の過覚醒)から一度だけそっと降りてみる。 「今日はただ、息を吐いて生きているだけで、それで100点じゃないか」と自分を許してあげること。
外側の評価やマニュアルから自由になったとき、身体は自ら緊張の糸をほどき、内側の正気(生命力)を取り戻し始めます。
画面を閉じ、自分だけのぬくもりに戻る
今夜は、誰かが決めた「人生の正解」や「正しい生き方」を検索するのを、一度お休みしてみませんか。
情報がぎっしり詰まった画面を伏せ、冷え切った自分の足先や足首を、自分の手のひらでそっと包み込んであげる。 そこに、ちいさなお灸の火をポッと灯す。
温かい熱がじんわりと肌を伝わり、頭に上っていた冷たい計算や比較(ノイズ)が、足元へと静かに解け落ちていくのを感じる。
100人いれば、100通りの答えがある。 今のあなたの身体が「気持ちいい」と感じるその手触りこそが、あなたにとっての唯一の正解です。
今夜は外の物差しをそっと手放し、愛おしい自分の一息に、優しく身を委ねてみませんか。
🍵 合わせて読みたい思索の跡


🕯️ 日々を養生する
色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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