ドライヤーをかけながら膝でスマホを挟み、入浴中も壁に画面を固定し、トイレでも無限にスクロールを繰り返す。 1本数秒のショート動画を次々と追いかけ、一瞬の「退屈」すら我慢できずに刺激を求め続けてしまう——。
最近、SNSで「ドパガキ(ドーパミン中毒のガキ)」という強烈な言葉を見かけるようになりました。
これは元々、常に強い刺激を求め続ける人を揶揄するネットスラングですが、記事やSNSの反応を読んでいると、若者だけでなく大人であっても「……あれ、これ完全に今の私じゃないか?」と自虐交じりに苦笑いしてしまう人が溢れているようです。
四六時中スマホを握りしめ、一瞬の隙間すら動画やSNSで埋め尽くそうとする「ドパガキ」な状態。 臨床の現場で長年、人の身体や自律神経と向き合ってきた立場から見ると、これは単なる怠惰や依存ではなく、「脳と自律神経が強い刺激にハックされ、激しいのぼせを起こしている危険なシグナル」に他なりません。
刺激を入力し続ける脳は、1秒も休めていない
なぜ私たちは、これほどまでに「ドパガキ」になってしまうのでしょうか。
現代のアプリやSNSは、私たちの脳からドーパミン(快楽や期待感をもたらす脳内物質)を搾り取るように精巧に設計されています。次々と流れてくる切り抜き動画や無限スクロールは、脳に「次にもっと面白い刺激があるかもしれない」という期待を抱かせ、画面を閉じるタイミングを失わせます。
そうして四六時中、強い刺激を入力し続けているとき、私たちの脳と自律神経は激しい過覚醒状態に陥っています。
東洋医学では、このように情報や刺激の摂り過ぎで気(エネルギー)や血が頭部に集中してしまう状態を「上実下虚(じょうじつかきょ)」と呼びます。
頭には「ドパガキ」特有の激しい熱が上りのぼせる一方で、本来温まるべきお腹や足元は冷え冷えと放置されてしまう。 身体は「何もしていない退屈な時間」を「不快なもの・損なもの」と誤認し、休まる暇もなく交感神経を緊張させ続けているのです。
「退屈」とは、自律神経にとって最高の休日である
「ドパガキ」状態に陥っている人が本当に失っているもの。 それは、時間や集中力だけではありません。脳と身体が自分自身を修復するために不可欠な「何もしないぼんやり時間(余白)」です。
本来、あてもなくボーッと窓の外を眺めたり、ただ温かいお茶の湯気を眺めたりする「退屈な時間」こそが、のぼせ上がった脳の熱を静かに冷却し、自律神経を副交感神経(リラックス)へと切り替える最高の休日でした。
しかし、一瞬の退屈すら耐えかねてスマホを覗き込んでしまうと、脳は「休日」を奪われ、慢性的な過緊張と疲労を溜め込んでいきます。 「なんとなく疲れる」「情報量が多すぎて頭が重い」というSNS疲労の正体は、脳が発している「もう刺激はいらない、熱を冷ましてくれ」という悲鳴なのです。
自分の中の「ドパガキ」を責めずに、画面を伏せる
もし、今夜もトイレや布団の中でスマホを握りしめ、「また私、ドパガキみたいな夜を過ごしてしまった……」と落ち込んでいるなら。
自分を責める必要は一切ありません。現代社会の仕組みそのものが、私たちを「ドパガキ」へと誘い込むようにできているからです。 大切なのは、自分が刺激中毒にハックされている事実にハッと気づき、意識的に「刺激の引き算」をしてあげることです。
スマホをパタンと裏返し、画面の眩しい光を遠ざける。 そして、過熱した頭から意識をそっと引き降りて、冷え切った自分の足先や足首を、自分の手のひらで優しく包み込んでみてください。
そこに、ちいさなお灸の火をポッと灯す。
カチコチだった足元にじわーっと温かい熱が広がっていくと同時に、頭の中に渦巻いていた過剰な刺激(ノイズ)が、足元へと静かに解け降りていくのを感じるはずです。
1秒の退屈も許せなかった「ドパガキ」な脳を休ませ、今夜はただ、自分の体温(正気)を取り戻す静かな夜を過ごしてみませんか。
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🕯️ 日々を養生する
色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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