「生き残る職種」という見えないレースに疲れていませんか
ふと目にしたニュースで、「AIの影響を受けにくく、将来も成長する職種トップ10」という特集が組まれていました。医療や専門技術職が並び、自分や身近な人の仕事はどうだろうかと、無意識にスマートフォンの画面を指で追ってしまった方も多いのではないでしょうか。
けれど、そうした予測やランキングを眺めているとき、ふとご自身の呼吸や身体の強張りに気づいてみてください。奥歯を噛みしめていたり、呼吸が浅く胸のあたりで止まっていたり、あるいは頭ばかりがカーッと熱くなって、足先が冷たくなってはいないでしょうか。
「数年後には淘汰されるかもしれない」「正解の側にいなければならない」という焦燥は、私たちの神経を休まることのない戦闘モードへと駆り立ててしまいます。しかし、どれほど精緻なデータであっても、時代の風向きが変われば数年でまた塗り替えられていくのが世の常です。
頭に熱が昇る「上実下虚」と、数値化できない人の気
東洋医学では、未来の不安や情報過多によって頭ばかりがフル回転し、エネルギーが上半身に偏ってしまう状態を「上実下虚(じょうじつげきょ)」と呼びます。頭には熱がこもり(のぼせ・過緊張)、身体を支える土台である下半身や足元は冷え切ってしまうアンバランスな状態です。
臨床の場に20年立ち、日々多くの方のお身体に触れてきて実感することがあります。それは、人の身体や「気の動き」というものは、決して外側のデータやAIでは測り知れないということです。
脈のわずかな揺らぎ、皮膚の湿り気や張り、声の微かなトーン、言葉にならないため息。西洋医学的な数値やマニュアル化された手法は機械が得意とする領域かもしれませんが、その瞬間、その人の生身が発している繊細な「気」の変化を捉え、呼応することは、機械にはできません。
外側の指標に自分を当てはめようとすればするほど、生身の感覚は置き去りにされ、心身は乾いていきます。大切なのは、次々と提示される未来の比較レースに急かされることではなく、いまここにある自分の「正気(せいき=生きていくための根源的な力)」を損なわないことです。
比較を手放し、熱を足元へ降ろす
情報に煽られて身体がこわばったときは、足し算の思考を一度手放してみましょう。「もっと学ばなければ」「置いていかれないようにしなければ」と知識を詰め込む前に、まずは頭に昇った余分な熱を身体の奥深くに引き戻す「引き算」が必要です。
まずは温かいお茶を一杯淹れて、湯気を見つめながら息を長く吐き出してみる。そして、冷たくなっているご自身の足元にそっと触れてみてください。
特別な技術は必要ありません。一日中あなたの重みを支えてくれた足元を、両手で包み込むようにして「手当て」をします。手のひらのぬくもりがじんわりと皮膚から骨へと染み渡るのを感じていると、頭に集まっていた熱が、すーっと下腹や足元へと降りていくのがわかるはずです。
静かな夜には、足元へお灸をひとつ据えるのもおすすめです。もぐさが静かに燃え、足元から柔らかな温もりが立ち上る時間は、外側の騒々しい評価や予測から完全に切り離された、あなただけの安全な居場所になります。
生身の自分に帰る場所
世界がどれほど速いスピードで移り変わろうとも、私たちが日々を営む身体の仕組みは、何千年も前から変わっていません。冷えれば強張り、温まれば緩む。傷つけば休みを求め、愛おしめば巡り出します。
何者かになろうと焦るのをやめ、ご自身の体温と息遣いに立ち返ること。それこそが、どんな不確実な時代にあっても揺らがない、最も力強い養生だと私は信じています。
日々の心身の整え方や、私たちが大切にしている東洋医学の視点については当ブログの案内を、頭ののぼせを鎮めて本来のリズムを取り戻すお灸の考え方についてはお灸で整える自律神経のページもあわせてご覧ください。今夜はどうか足を温かくして、安らかな眠りにつかれますように。
🕯️ 日々を養生する
色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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