🕯️「気のせい」なゆらぎを、お灸でそっと整えて。

数値や画像には映らない、でも確かにそこにある「気のせい」な揺らぎ。
東洋医学という、少し不思議でやさしいレンズを覗きながら、日々の澱(おり)をほどき、心を満たして歩んでいくための静かな備忘録です。

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【医療の進歩とお灸】病と戦う鎧を脱ぎ、生身の正気を取り戻す引き算の養生。

日常の澱を解く
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日々のニュースを開くと、医療の進歩や新しい治療法の開発といった知らせが目に飛び込んできます。もちろん、それが誰かにとっての希望の光になることは喜ばしいことです。けれど同時に、臨床の現場に20年立ってきた身として、ふと胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えることもあります。
それは、病そのものの痛み以上に、「病と戦うための治療」によって心と体を削られ、憔悴していく方々の姿をあまりにも多く目にしてきたからです。「数値を下げなければ」「もっと強い薬で叩かなければ」と、常に臨戦態勢で強張り続けている身体。頭ばかりが熱を帯び、呼吸は浅く、手足は氷のように冷たくなっている――そんな過緊張のなかにいる人が、世の中にはたくさんいます。
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「邪気を討つ」ことと、「正気を守る」こと

東洋医学には、病の原因や外からの攻撃を「邪気(じゃき)」と呼び、それに対抗し、生きる力を支える本来の生命力を「正気(せいき)」と呼ぶ考え方があります。
現代の医療は、邪気を徹底的に叩く「攻めの力」に非常に長けています。けれど、ここで私たちが冷静に見極めなければならないのは、その「叩き方」の違いです。
大きくなった腫瘍を物理的に取り除く「外科手術」や、狙いを定めてピンポイントで照射する「放射線治療」には、局所の邪気を払うという意味において一定の理や役割があることを理解できます。
しかし、全身に強い毒性を巡らせる「抗がん剤治療」は、話がまったく別です。

全身の「正気」を滅ぼす、化学療法の過酷さ

抗がん剤は、がん細胞を攻撃すると同時に、人間が生きるための根本である「脾胃(ひい=消化吸収の力)」と「腎(じん=生命力の根っこ)」を容赦なく痛めつけます。
食欲が奪われ、激しい嘔吐に苦しみ、手足の末端まで氷のように冷え切っていく……。臨床の現場で出会う患者さんのなかには、病気そのものの進行というよりも、抗がん剤によって全身の「正気」を吸い尽くされ、生きている感覚すら奪われていく方がいらっしゃいます。
敵を倒すために、自国の城と大地(自分の身体)を完全に毒で満たしてしまう。これでは、病に倒れるのではなく、治療という名の「戦い」によって生身の人間が滅ぼされていくようなものです。どんなに数値上の腫瘍が小さくなったとしても、生きるための土台である生命力が途絶えてしまえば、本末転倒ではないでしょうか。

数値のレースから降りて、生身の体温を取り戻す

私たちは知らず知らずのうちに、「他人との比較」や「検査の数値」というレールの上で戦わされています。「前回の数値より悪かった」「あの人より進行しているかもしれない」。そうした比較の意識は、無意識のうちに交感神経を跳ね上げ、自律神経を極限まで緊張させます。
頭の中は「次の検査結果はどうだろう」「効いているのだろうか」という不安と戦意でいっぱいです。東洋医学でいう「上実下虚(じょうじつげきょ)」――気血がすべて頭にのぼり、土台であるお腹や足元がすっかり冷え切って虚ろになっている状態です。戦えば戦うほど、生きるための土台が揺らいでしまう。
けれど、本当に守りたいのは、数字の帳尻ではなく「今日を生きている生身のあなた」のはずです。
東洋医学の養生は、徹底した「引き算」から始まります。もっと戦おう、もっと足そうとするのを一度やめてみる。「病気と戦う自分」という重い鎧を脱いで、ただの「呼吸して、温もりを求めているひとつの命」に戻る時間をつくることです。

足元を手当てし、静けさに帰る

もし今、治療のつらさや先の見えない不安で全身が強張っているなら、どうか戦う手を止めて、足元にそっと触れてみてください。
冷え切ったくるぶしや足の裏を、温かい手のひらで包み込む「手当て」をする。湯気を立てるほうじ茶を両手で持ち、香りを吸い込みながら一口すする。そして、足元に小さなお灸の火を灯してみる。
チリチリとした優しい温もりが皮膚を通ってじんわりと深部に染み込んでいくと、頭にのぼりつめていた緊張の糸が、ふっと緩んで下に降りてきます。足元が温まると、お腹が動き出し、深い呼吸が自然と戻ってくる。それは、外から何かを付け足したのではなく、あなたの中に眠っていた「生きようとする力(正気)」が、静かに息を吹き返した証です。
病気と向き合う毎日は、ときに孤独で過酷な旅のようにも思えます。だからこそ、一日の中に数分でもいい、「戦わない時間」を自分に許してあげてください。温かい土台に立ち返る養生が、あなたの今日と明日をそっと支える杖になることを願っています。
とふ

臨床20年。鍼灸師の目線で、世の中をふんわりと眺めています。
日常のあれこれも、結局は「全部、気のせい(気の状態)」。 そんな風に感じたこと、見つけたことを、気ままに書き留めておく備忘録です。

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