🕯️「気のせい」なゆらぎを、お灸でそっと整えて。

数値や画像には映らない、でも確かにそこにある「気のせい」な揺らぎ。
東洋医学という、少し不思議でやさしいレンズを覗きながら、日々の澱(おり)をほどき、心を満たして歩んでいくための静かな備忘録です。

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【睡眠時間とお灸】「9時間睡眠はリスク」という数字の罠。ぐっすり感を取り戻す引き算の養生

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最近、「日常的に9時間以上の睡眠をとる人は、7〜8時間の人に比べて早期死亡リスクが17%高い」というニュースを目にしました。

「朝寝坊すると体に悪いのだろうか」「9時間も寝てしまった自分は大丈夫だろうか」と不安になった方もいるかもしれません。

けれど、臨床の現場に20年立ってきた身として統計データを眺めたとき、真っ先に思うのは「たった17%の違いか。それならほぼ誤差のようなものだな」ということです。

数字やデータに振り回されて不安を抱え込む前に、一度立ち止まって考えてみませんか。


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統計データには「生身のあなた」が映っていない

世の中に出てくる睡眠調査の数字を見るとき、私たちはもっと慎重になる必要があります。

その調査の対象になっているのは、どのような人たちなのでしょうか。
性別は? 年齢は? どんな職種で、どんな生活環境で暮らしているのか。住んでいる地域や気候は? 身長や体重、日々の食事や趣味嗜好は?

人によって置かれている条件は100人いれば100通り、全く異なります。それらの個体差をすべて削ぎ落とし、大雑把に丸めた「平均値」だけを見て、「9時間以上は危険」「7〜8時間が正解」と一喜一憂するのは、非常に危険で勿体ないことです。

統計データというものは、社会全体を俯瞰する指標としては意味があっても、「今日を生きる生身のあなた」の適切な睡眠時間を教えてくれるものではありません。


時代が変わっても、人が「眠り」に悩む本質は変わらない

現代社会は、夜遅くまで明かりが灯り、スマホやPCの画面から情報が溢れ、何時に眠れるかという生活環境そのものが人によってバラバラです。電気のなかった大昔とは、比べものになりません。

けれど、東洋医学の古典(『黄帝内経』など)を開くと、千年以上も昔から「不眠」や「眠りの浅さ」についての記録が克明に残されています。

生活環境や社会構造がどれほど激変しても、人間が「眠れない」「スッキリ起きられない」と頭を抱える本質は、大昔から何一つ変わっていないのです。

では、自分にとって「本当に適切な睡眠時間」とは何によって決まるのでしょうか。

それは、外側の研究データや目標数字ではなく、目覚めたときの「ああ、ぐっすり眠れた」というあなた自身の生身の実感、ただそれだけです。

「何時間眠ったか」という時間の長さではなく、目覚めた瞬間に身体が軽やかで、深く息が吸えているか。その納得感こそが、あなたにとっての唯一の正解です。

けれど現代人の多くは、常に脳をフル回転させて交感神経を緊張させているため、この「ぐっすり眠れた」という本来の感覚そのものが麻痺し、見失ってしまっているのです。


「9時間眠ってしまう」のは、身体が命を守るための悲鳴

「どうしても9時間以上寝てしまう」「休日は泥のように眠り続けてしまう」という人がいたとします。

それは決して怠けているからでも、生活がだらしないからでもありません。それだけ身体と脳が疲弊しきっていて、必死でリカバリー(回復)しようとしているサインなのです。

ここで注意したいのは、「疲労」は肉体労働だけで起きるものではないということです。

  • 一日中デスクワークでパソコンに向かい、思考を巡らせる生活。
  • 職場や家庭での人間関係のストレス。
  • あるいは精神的な葛藤や悩みを抱えている状態。

これらはすべて、想像を絶する量のエネルギーを脳と神経で消費しています。

常に脳が働きづめで疲れ切っているとき、身体は「これ以上起きていると命がもたない」と判断し、強制的に睡眠時間を引き延ばして休ませようとします。

それほどまでに身体が求めている回復の時間(防衛反応)に対して、「9時間は寝すぎだから早死にする」などと数字で蓋をして無理に起きようとするのは、身体の声(正気)を無視する行為ではないでしょうか。


外側の数字を捨て、「ぐっすり感」を取り戻す引き算

「8時間眠らなきゃ」 「9時間以上寝たらリスクが上がる」

そうやって頭の中で計算し、自分を監視すること自体が、気血を頭に上らせて過緊張(上実下虚)を引き起こす原因になります。

まずは、「〇時間」という数字の物差しを一度ゴミ箱に捨ててみましょう。

そして、夜眠る前にスマホを遠ざけ、自分の手でおでこと足首を触り比べてみてください。 もし頭や目が熱く、足元が冷たく硬くなっているなら、気が上に偏って過緊張を起こしている証拠です。

冷えた足元や足の裏にお灸をそっと据え、温もりを届けてあげる。

足元がじわっと温まるにつれて、頭に上っていた気がすーっと下へと降りていき、お腹が動き出し、呼吸が深くなっていきます。その状態で横たわったとき、私たちは久しぶりに「ああ、身体が緩んでいく……」という生身の感覚を取り戻すことができます。

「何時間寝たか」という外側の数字ではなく、今日の自分の手触りと「ぐっすり感」を信じること。それこそが、情報過多の現代を軽やかに生き抜くための最高の養生です。


とふ

臨床20年。鍼灸師の目線で、世の中をふんわりと眺めています。
日常のあれこれも、結局は「全部、気のせい(気の状態)」。 そんな風に感じたこと、見つけたことを、気ままに書き留めておく備忘録です。

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