「食の養生は『一日10時間の空腹』と『肉は穀物より少なく』が鉄則【古典『養生訓』に学ぶ健康術】」——。(出典:サライ.jp / Yahoo!ニュース)
テレビやネット、健康雑誌を開けば、「16時間断食」や「一日10時間の空腹」といった魅惑的な数値や時間ルールが次々と飛び込んできます。
古典『養生訓』を引き合いに出したこうした健康術のニュースを目にすると、「やっぱり時間をきっちり管理して胃腸を空にしなければならないんだ」と、スマホのタイマーをセットしたくなる方も多いのではないでしょうか。
しかし、臨床現場で長年無数の患者さんの身体とお腹(胃腸)に向き合ってきた私の目から見ると、こうした「キャッチーな数字」に真面目に従おうとすればするほど、かえって自律神経を強張らせ、胃腸の働きを鈍らせてしまっている方が実にたくさんいらっしゃいます。
今回は、江戸時代の名著『養生訓』が本当に伝えたかった言葉と、数字に支配された心身を解放する「引き算の養生」についてお話しします。
1. 『養生訓』に「10時間」という数字は存在しない
まず知っておいていただきたい事実があります。 貝原益軒が1713年に著した『養生訓』の原典をどれほどひもといても、「10時間」というデジタルな時計の数字はどこにも書かれていません。
江戸時代には、現代のような1分1秒を刻む時計も、デジタルタイマーもありませんでした。益軒が『養生訓(飲食の巻)』で繰り返し説いていたのは、時間という形式ではなく、どこまでも「自分の生身の胃腸の手触り」でした。
- 腹八分(あるいは七分)に抑え、胃腸に常に余白を残すこと
- 前に食べたもの(宿食)がしっかり消化し、お腹が軽く空いてから次の食事を摂ること
- 夕食は日の沈む前に軽めに摂り、夜食を慎んで胃腸を休ませること
益軒が伝えたかったのは、「夕食を早めに軽めにしておけば、夜間に自然と胃腸が休まり、朝には心地よくお腹が空いて爽やかに目が覚めるよ」という自然なリズムと胃腸の感性でした。
それが現代になり、本や記事を売るため、あるいは大衆向けにわかりやすく伝える工夫として「10時間の空腹」といった数値に可視化され、一人歩きしてしまっているのです。
健康になるための知識だったはずのものが、いつの間にか「数字を守らなければならない」という頭(脳)の過緊張を生み出している現状は、本末転倒と言わざるを得ません。
2. 「毎日同じ日なんて存在しない」——時間軸ではなく身体軸で生きる
「テレビで見たから」「ネットで良いと書いてあったから」と興味本位でこうした時間ルールを試してみると、一時的に体が軽く感じられることがあります。
普段から食べ過ぎていた人であれば、胃腸の負担が減って一時的に良い効果が出るのは当然のことです。しかし、本当に厄介なのは、その体験を経て「時間を軸にして生活するようになること」です。
冷静に考えてみてください。私たちは毎日、全く同じスケジュールで、全く同じ運動量をこなし、全く同じ気温や湿度の中で生きているでしょうか?
全く同じ一日など、人生において一日たりともあり得ません。自分の自覚のないところで、暑さ寒さ、仕事のストレス、精神的なゆらぎによって、私たちの身体は毎日違う波を描いています。
それなのに、「10時間経ったから食べなきゃ」「まだ9時間半だから、どんなにお腹が空いていても我慢しなければならない」と、外側の時計軸に自分の身体を強引に当てはめようとするとどうなるか。
身体は「自分の声を聞いてもらえない」という緊張から自律神経を強張らせ、血流を滞らせ、かえって胃腸の動きを冷たく麻痺させてしまうのです。
3. お腹が鳴るのを恥ずかしがらない。「時計」は自分と向き合うきっかけ
本来、時計を見るという行為は「あ、もう12時か。今自分のお腹はどう感じているかな?」と、自分の身体と向き合うための「きっかけ」に過ぎないはずでした。
ところが、現代人の多くは時計の針に支配されてしまっています。
- 「この時間に食べておかないと、後でお腹が空いて困るから食べる」
- 「仕事中にお腹がぐーっと鳴ったら恥ずかしいから、今のうちに詰め込んでおく」
これは、自分の胃腸(東洋医学でいう「胃気」)と全く向き合えていない状態です。
お腹がぐーっと鳴る音は、決して恥ずかしいことではありません。それは胃腸がしっかり掃除を行い、次の食事を受け入れる準備を整えているという、健やかで愛おしい自律運動のサインです。
「お腹が鳴るのが恥ずかしいから」と空腹感もないのに食べ物を流し込むのは、休もうとしている胃腸に無理やり残業をさせているようなもの。時計のタイマーではなく、自分のお腹の音と手触りに耳を澄ませることこそが、失われた生命力を呼び覚ます第一歩なのです。
4. 健康になりたいなら数字は追わない。結果はあとからついてくる
数字や時間ルールに振り回されてしまう方は、決していい加減な性格だからではありません。むしろ、「本当になりたい自分があり、健康になりたい」と切実に願っている、真面目で一生懸命な人たちです。
だからこそ、私は臨床の場でそうした患者さんに強くお伝えしています。
「健康になりたいのであれば、まず数字を追うのをやめてみましょう」
これは、仕事や生き方の姿勢とも全く同じです。 最初から「売上や収入という数字」だけを追って仕事をしてもなかなかうまくいかないように、自分のやりたいことや目の前のことに誠実に向き合い、地道な積み重ねを貫いた結果として、後から豊かな数字がついてくるのが理想のあり方です。
健康もまったく同じです。 「10時間」という数字を達成するために生きるのではなく、一日一日変化する自分の身体に丁寧に向き合い、「今日はお腹が軽いな」「今日は少し胃が重いから、温かいお粥にしておこう」と自分の感覚を大切にした結果として、心地よい体調や健康なデータが後からついてくるのです。
数字という外側の物差しをそっと手放し、地道に自分の身体と対話する。その素朴な積み重ねこそが、過緊張に晒された現代人の心身を救う、最も確かな引き算の養生になります。
5. 1分間、足元とお腹を温めて頭の過緊張を降ろす手当て
画面の数字や時計の針を凝視し、「〇〇時間ルールを守らねば」と頭(脳)ばかりが上気しているとき、身体の気血はすべて上半身に偏り、足元とお腹の底は氷のように冷え切っています(上実下虚)。
今夜はスマホのタイマーを止め、頭に上った熱を足元へと静かに降ろす手当てをしてあげましょう。
胃腸と頭の緊張をほぐすゾーンの手当て
- すねの外側〜足の甲のライン
みぞおちやお腹が張って、食べ物の消化吸収(胃気)が滞っているときは、すねの外側の太い筋肉ラインや、足の甲(親指と人差し指の骨が交わる手前の凹み)を指先で優しく撫でてみてください。触れて「ここが硬いな」「へこんでいるな」と感じる場所に温かいお灸やドライヤーの温風をあてることで、胃腸の滞りが解け、気が下へとスムーズに降り始めます。 - 足の裏中央〜内くるぶしの後ろエリア
ルールや数字に縛られて頭がカッカと熱くなっているときは、足の裏の中央エリア(土踏まずのやや上)や、内くるぶしとアキレス腱の間の凹みエリアを包み込むように温めます。足元を温めることで、頭部に偏っていた血流が静かに下がり、過剰に興奮していた自律神経が落ち着きを取り戻します。
詳しい手当ての考え方や、指先の手触りで「自分だけの心地よい場所」を見つける具体的なステップについては、ページ下部の【「気のせい」なゆらぎを、お灸でそっと整えて。】でお伝えしています。
おわりに
数字や時間という固定されたルールに従う方が、迷いがなくて楽だと感じる夜もあります。
けれど、あなたの身体は機械でも計算式でもなく、毎日変化し続ける生き物です。
「今日はどんな感じかな?」
時計の針をそっと外し、自分のお腹の声に耳を澄ませてみてください。お腹がぐーっと鳴ったとき、そこにはあなたを健やかに生かそうとする、愛おしい命の底力が静かに息づいているはずです。
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🕯️ 日々を養生する
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