「ちゃんとした本」を読ませたいという、愛ゆえの過緊張
「子どもが漫画やライトノベルばかり読んでいて、活字の小説やためになる新書を手に取らない」
そんな親御さんの切実な悩みを扱った記事を目にしました。語彙力をつけてほしい、将来困らないように読解力を養ってほしい。そう願う親心はごく自然な愛情ですし、真面目に子育てに向き合っているからこその不安だと思います。
けれど、臨床の現場で多くの親御さんの身体を拝見していると、この「もっとためになるものを」「早く成果につながるものを」という焦りが、知らず知らずのうちに頭をのぼせさせ、全身を強張らせていることに気づかされます。
「勉強とはこうあるべき」「読書とは高尚な活字であるべき」。そうした正しさの型に当てはめようとするとき、私たちの呼吸は浅くなり、眉間にはうっすらと力が入り、気が頭へと駆け上がってしまうのです。
縦のハシゴを急ぐより、横への広がりを面白がる
東洋医学では、頭に熱がこもって足元が冷え切っている状態を「上実下虚(じょうじつかきょ)」と呼びます。
現代の効率主義や、他者との比較のレースに巻き込まれると、私たちはどうしても「縦のハシゴ」をどれだけ速く登れるかばかりを気にしてしまいます。
しかし、生命の本来の力(正気)というのは、縦に急いで背伸びをすることではなく、地面にしっかりと根を張り、野原のように「横の広がり」を持つことの中に宿っています。
子どもが漫画のコマ割りから感じ取る躍動感や、ライトノベルの軽やかな台詞回しに心を弾ませる時間。それは、役に立つ・立たないという数値化できる物差しからはみ出した、豊かな感性の横への広がりです。川の水が岩を巡りながらゆったりと流域を広げていくように、寄り道や無駄の中にこそ、その子だけの瑞々しい土壌が耕されていきます。
何かを身につけさせようと「足し算」ばかりを焦る手を少し止めて、「こうでなければならない」という大人の気負いを引き算してみる。横に広がるその子の世界を面白がる余白こそが、巡りの良い身体と心を育てる一番の養分です。
頭の熱を下ろし、足元を手当てで温める
子どもに対して「早くちゃんとしてほしい」と過緊張になっているときは、子どもを変えようとするのではなく、まず自分自身の熱を下げるのが先決です。
湯気を立てる温かいお茶を淹れて、一口ゆっくりと喉を通してみる。
そして、床に腰を下ろし、冷えている足元を両の手でそっと包み込んでみてください。
足の甲やくるぶしのまわりを手当てするように温め、やわらかな温熱のお灸を据えてみる。足元にじんわりと熱が灯ると、頭に上っていた気がすうっと下りてきて、深いため息とともに肩の荷が下りていくのを感じられるはずです。
「まあ、今あれだけ何かに夢中になれているなら、それで十分じゃないか」
自分の身体に温もりが戻ってくると、不思議と目の前の子どもの姿を、ありのまま丸ごと信じて見守るゆとりが生まれてきます。
おわりに
育児も、自分自身の暮らしも、縦の競争から一歩降りて、横へと広がる余白を楽しんでみる。生身の体温を取り戻す養生を、毎日のなかに小さく取り入れてみませんか。
🕯️ 日々を養生する
色々あった一日だけど、今夜は画面を閉じて、自分をいつくしむ「庭師」の時間にしませんか。
臨床20年の私が、毎晩の布団に入る前に実践している、自律神経をふわりと整えるためのお灸の知恵をこちらに置いておきます。

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