「定年退職して働き続けるのをやめると、心疾患のリスクが低下する」
海外の膨大なデータを集計したそんなニュースを目にして、思わず深い違和感と虚しさを覚えずにはいられませんでした。
現代医学やメディアは、すぐ「病気のリスク数値が上がった・下がった」という肉体的なデータだけを持ち出して、それがさも人間の健康のすべてであるかのように語ります。
けれど、数値さえ正常であれば、人は本当に「健やか」と言えるのでしょうか。
臨床の現場で20年、人の生命力と向き合ってきた立場から、数値に踊らされない「真の健康」と「生きがい」についてお話ししたいと思います。
1. WHOの定義と、東洋医学の「天地人(三才思想)」
そもそも、WHO(世界保健機関)が定義する「健康」とは何でしょうか。 それは単に「病気や数値の異常がないこと」ではなく、「肉体的、精神的、そして社会的にすべてが満たされた状態」を指します。
これは東洋医学で古くから大切にされてきた「天地人(てんちじん)の三才(さんさい)思想」そのものです。
- 地(肉体):食べたものや巡る血によって形作られる肉体
- 天(精神):志や心、感情という見えない気の働き
- 人(社会):他者や社会との関わり、人間関係という「間」の調和
どれほど検査数値(地)が正常で無傷であっても、自分の居場所や生きがいといった社会との繋がり(人)を失い、心が空っぽ(天の虚)になってしまえば、人間という生命体は根っこから干からびていってしまいます。
数値メーターだけを見て「リスクが減ったから引退は健康に良い」と結論づけるのは、人間の半分以上の営みを切り捨てた、あまりにも寂しい見方ではないでしょうか。
2. 「気を振り絞る場」があるからこそ、生命力は発揮される
どんなに大変で、身体に負担がかかるような仕事であっても、そこに「やりがい」や「人の役に立っている」という体感があれば、それはその人にとって最大の心の支えであり、気を奮い立たせる原動力です。
東洋医学において、仕事や役割とは単なる金稼ぎではなく、自分の気(エネルギー)を外へと巡らせる大切な循環システムです。
大変な仕事の中で「よし、やるぞ」と気を振り絞る場面があるからこそ、人は自分の内側に眠る生命力を発揮できます。 その発揮される場面(役割)が突然ゼロになり、社会との関わりが極端に少なくなってしまった人は、気があっという間に弱まり、滞り(鬱滞)、老化が急速に進んでしまうのです。
もちろん、年齢とともに無理が利かなくなるのは自然な摂理です。だからこそ理想なのは、仕事を一切やめて何もかも手放してしまうことではありません。
年齢に合わせて仕事の量を穏やかに減らしたり、別の形で小さく社会に貢献する役割へスライドしていくこと。
当院に来てくださる患者さんの中でも、「ここに来て身体を整え、話をすることが今の楽しみなんだ」と仰ってくださる方がいます。たとえ小さな関わりであっても、「自分の生きがいや役割」を外側に見出そうとする力がある人は、幾つになっても生命の巡りが枯れることはありません。
3. 「健やかに生きる」の定義を、自分の手に取り戻す
世の中に溢れる「○○予防」「リスク○%低減」という健康情報に接したとき、私たちは一歩立ち止まって考えてみる必要があります。
「このエビデンスは、私が健やかに生きるための本当の幸せ(天地人の調和)と合致しているだろうか?」
数字の安全(無菌室)に閉じこもり、他者との繋がりややりがいを捨ててまで長生きすることが、あなたの望む生き方でしょうか。
誰かと議論して論破する必要はありません。 けれど、外側のデータに自分の生き方を明け渡すのではなく、「私は今日、誰かと関わり、自分の心を燃やして生きているか」という主観的な実感こそを、一番の物差しとして大切にしてほしいのです。
4. 外側のデータから離れ、自分の足元を温めるお灸
将来への数値の不安や、「これからどう生きていけばいいんだろう」という頭の過緊張で胸が強張っているとき。
今夜は一度、スマホやテレビのニュースを消し、静かに自分の身体と向き合ってみましょう。
夜、静かな部屋で自分の手でおでこと足首を触り比べてみる。
「あ、頭が冷たく冴え冴えとしていて、足元が冷え切っているな」と自分の身体に意識を戻してあげる。
そして、冷えた足元に、小さなお灸をひとつぽんと灯してみましょう。
チリチリとした温もりが足元から身体の深部へと広がっていくと、頭に上り詰めていた数字のノイズが静まり、お腹の底にどっしりとした気が戻ってきます。
数値の無傷を目指すのではなく、自分の手足で社会と繋がり、心身ともに温かく生き切ること。
今夜は外側のデータに惑わされるのをやめ、足元を温めるシンプルな手当てから始めてみませんか。
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